February 14, 2010
あいのうた
あ、今日はバレンタインデーじゃないか!
ということで愛のうたを。
*
質よりも
量だと言い張る
君のため
大量のチョコ
溶かしています
あまにがい
舌の味を
確かめて
今年のチョコの
出来栄えを知る
香りだけ
残してすっと
消えてゆく
知っていながら
食べたくなるの
三月に
もいちど会える
口実を
作ってくれた
チョコが愛しい
冷え切った
チョコと私は
君の中
一番おいしい
温度に変わる
*
愛のうたっていうかチョコのうたになっちゃった。
そいや手作りチョコとか何年も作ってないなー。
何年か前、妹の代わりに作ってやったのが最後かも……。
恋人達のラブラブデーなのに、今日は家族でごはんにいきます(笑)
パパ用チョコでも買いに行ってくるかな。
ということで愛のうたを。
*
質よりも
量だと言い張る
君のため
大量のチョコ
溶かしています
あまにがい
舌の味を
確かめて
今年のチョコの
出来栄えを知る
香りだけ
残してすっと
消えてゆく
知っていながら
食べたくなるの
三月に
もいちど会える
口実を
作ってくれた
チョコが愛しい
冷え切った
チョコと私は
君の中
一番おいしい
温度に変わる
*
愛のうたっていうかチョコのうたになっちゃった。
そいや手作りチョコとか何年も作ってないなー。
何年か前、妹の代わりに作ってやったのが最後かも……。
恋人達のラブラブデーなのに、今日は家族でごはんにいきます(笑)
パパ用チョコでも買いに行ってくるかな。
February 13, 2010
じょうしき
「常識」という言葉がなによりも嫌いだ。
「常識」という言葉をむやみやたらに使う人間を私は信用しない。
彼らは、なにひとつ自分で考えない。誰が決めたかもわからないルールを疑うことなく信じる怠惰な人間だ。そのくせそれを他人に強いる傲慢な人間だ。
正解のない世界の中で、ひとつの指針があることは、人を安心させる。それに従う限りは、周囲に非難されることなく生きていくことができる。私は弱い人間だから、他人から嫌われることを恐れる気持ちは痛いほどよくわかる。
けれど常識をふりかざす人間は、「世界に正解がない」という認識すらない。自ら頭をひねることを放棄し、それなのに、それを放棄したという意識も抱かないまま、目の前にある他人の敷いた「正解」を当たり前のようになぞって生きている。その道から外れる人間を、したり顔で排除しようとする。
常識は、集団を組織する。中身のない空虚な理論だって、大勢が寄ってたかって肯定すると、たちまち強力なちからを持つ。その根拠のない熱を帯びたちからが、私はとてもおそろしい。
私は、決してマイノリティではない。人の意見に簡単に迎合する凡庸な人間だ。
だからこそ、マジョリティに取り込まれてしまうことを恐れる。集団という蓑をかぶった、似非の正義に呑みこまれかねない自分の弱さを恐れる。
私は、「私」を生きたい。はたから見れば、どこにでもいる平凡な人間であったとしても、私の悲しみは私だけのものであり、私の喜びは私だけのものであってほしい。私以外の人間が形づくった「常識」に自らをおもねることはしたくない。
きっと私は身勝手で自意識過剰な人間なんだろう。
だけど、私は「皆同じ」という生ぬるさより、身が切られるような孤独を望む。私が私であると、己が認められる世界で生きていくことを望む。
そうする限り、私はいつまでも「ひとり」なんだろう。自分がそう仕向けるのだから。
淋しさや孤独感を埋めることより、それを選択する自分を、私はそろそろ受け入れなくてはいけない。
「常識」という言葉をむやみやたらに使う人間を私は信用しない。
彼らは、なにひとつ自分で考えない。誰が決めたかもわからないルールを疑うことなく信じる怠惰な人間だ。そのくせそれを他人に強いる傲慢な人間だ。
正解のない世界の中で、ひとつの指針があることは、人を安心させる。それに従う限りは、周囲に非難されることなく生きていくことができる。私は弱い人間だから、他人から嫌われることを恐れる気持ちは痛いほどよくわかる。
けれど常識をふりかざす人間は、「世界に正解がない」という認識すらない。自ら頭をひねることを放棄し、それなのに、それを放棄したという意識も抱かないまま、目の前にある他人の敷いた「正解」を当たり前のようになぞって生きている。その道から外れる人間を、したり顔で排除しようとする。
常識は、集団を組織する。中身のない空虚な理論だって、大勢が寄ってたかって肯定すると、たちまち強力なちからを持つ。その根拠のない熱を帯びたちからが、私はとてもおそろしい。
私は、決してマイノリティではない。人の意見に簡単に迎合する凡庸な人間だ。
だからこそ、マジョリティに取り込まれてしまうことを恐れる。集団という蓑をかぶった、似非の正義に呑みこまれかねない自分の弱さを恐れる。
私は、「私」を生きたい。はたから見れば、どこにでもいる平凡な人間であったとしても、私の悲しみは私だけのものであり、私の喜びは私だけのものであってほしい。私以外の人間が形づくった「常識」に自らをおもねることはしたくない。
きっと私は身勝手で自意識過剰な人間なんだろう。
だけど、私は「皆同じ」という生ぬるさより、身が切られるような孤独を望む。私が私であると、己が認められる世界で生きていくことを望む。
そうする限り、私はいつまでも「ひとり」なんだろう。自分がそう仕向けるのだから。
淋しさや孤独感を埋めることより、それを選択する自分を、私はそろそろ受け入れなくてはいけない。
かわらないせかいのなかで
煙草が吸いたい。無性に吸いたい。
昨日の夜に吸いきった空き箱を何度恨めしげに眺めても、当たり前のことだが、新たな一本は現れない。意識せずにいれば一日中吸わない事だってあるのに、「吸えない」とわかったとたん、いてもたってもいられなくなるのは、煙草呑みの習性なのだろう。
私の暮らす町はとても田舎だから、最寄のコンビニまでは徒歩で十五分かかる。寒い中をてくてく歩くのを想像するだけで、億劫な気持ちになる。休日の私はとても怠惰だ。できうることなら一歩も外に出たくない。普段使わないバッグやコートを、忘れられた煙草がないかと探るけれど、当然ながら見つからない。むしろそんな行為が、よりいっそう喫煙欲を高めていく。
そんなあがきを数十分おこなったのち、仕方なくジャケットを着て外に出かけた。初めからそうしていればよかったのに。私の行動はいつもこうした無駄に溢れている。
憂鬱な気持ちで踏み出した外の世界は、思いのほか暖かくて、さわやかな空気に包まれていた。
ある家からは子どもの弾くたどたどしいピアノの音が聞こえ、ある家では庭先に大きな犬が気持ちよさそうに寝ている。平和。嫌な感情がたちまち消え去り、反対にすがすがしい心地になる。どうせなら散歩を楽しもうとしている自分の現金さに苦笑しながら、住宅街を歩いた。
コンビニでピアニッシモをひと箱購って、もと来た道を引き返す。
ポケットに収めたとたん、煙草なんてこれっぽちも吸いたくなくなっている自分に気づく。ほら、また私は無駄な行為をした。だけれど、なんとなくその無駄はわるくない気がした。
家を出てから三十分が経っていたけれど、相変わらず、ある家からは拙いピアノの音が流れ、ある家では犬が寝ていた。時間の止まった世界で、私だけが生きているような気持ちになる。寸分たがわぬ世界は、ひどく穏やかで幸福に見えた。
その中で、ひとり無駄に動きまわる私は、はたして――。
吸いたくもない煙草を吹かしながら、私は孤独に似た気持ちを抱えて立ち止まる。
昨日の夜に吸いきった空き箱を何度恨めしげに眺めても、当たり前のことだが、新たな一本は現れない。意識せずにいれば一日中吸わない事だってあるのに、「吸えない」とわかったとたん、いてもたってもいられなくなるのは、煙草呑みの習性なのだろう。
私の暮らす町はとても田舎だから、最寄のコンビニまでは徒歩で十五分かかる。寒い中をてくてく歩くのを想像するだけで、億劫な気持ちになる。休日の私はとても怠惰だ。できうることなら一歩も外に出たくない。普段使わないバッグやコートを、忘れられた煙草がないかと探るけれど、当然ながら見つからない。むしろそんな行為が、よりいっそう喫煙欲を高めていく。
そんなあがきを数十分おこなったのち、仕方なくジャケットを着て外に出かけた。初めからそうしていればよかったのに。私の行動はいつもこうした無駄に溢れている。
憂鬱な気持ちで踏み出した外の世界は、思いのほか暖かくて、さわやかな空気に包まれていた。
ある家からは子どもの弾くたどたどしいピアノの音が聞こえ、ある家では庭先に大きな犬が気持ちよさそうに寝ている。平和。嫌な感情がたちまち消え去り、反対にすがすがしい心地になる。どうせなら散歩を楽しもうとしている自分の現金さに苦笑しながら、住宅街を歩いた。
コンビニでピアニッシモをひと箱購って、もと来た道を引き返す。
ポケットに収めたとたん、煙草なんてこれっぽちも吸いたくなくなっている自分に気づく。ほら、また私は無駄な行為をした。だけれど、なんとなくその無駄はわるくない気がした。
家を出てから三十分が経っていたけれど、相変わらず、ある家からは拙いピアノの音が流れ、ある家では犬が寝ていた。時間の止まった世界で、私だけが生きているような気持ちになる。寸分たがわぬ世界は、ひどく穏やかで幸福に見えた。
その中で、ひとり無駄に動きまわる私は、はたして――。
吸いたくもない煙草を吹かしながら、私は孤独に似た気持ちを抱えて立ち止まる。
February 08, 2010
February 07, 2010
いどうちゅう
休みの日でも七時前には目が覚めてしまう。体の中にある目覚まし時計が無理やり私の目を開かせるのだ。
一度起きるとなかなか寝付かれないので、たいてい本棚から適当に選んだ小説をベッドの中で読む。
今日は川上弘美の『ニシノユキヒコの恋と冒険』。一番好きな『おやすみ』というお話を読み返しているうちに、言いようのない切なさに胸があっぷあっぷになってきて、朝っぱらから少し泣いてしまった。
……恋愛って、なんだか、なんだかだなあ。
*
今、神戸に向かう電車の中でブログ更新。今日は友達と買い物デーなのです。
奈良から神戸は電車で二時間弱もかかるので、道中のお供に駅で文庫を買う。小池昌代『タタド』。西村賢太も買おうとしたけれど、すでに家にあるものかどうかの判別がつかず保留。こういうことよくあるなぁ。本屋で頻繁に立ち読みをするから、パラパラ冒頭をめくっても、買って読んだものか本屋でチラ見したものかわかんなくなる。で、結局同じ本が家に二冊あるっていうね。もっとちゃんとした記憶力が欲しいです。
*
休日昼間の電車は、ひとがあくせくしてなくて居心地がいいな。
平日は経済新聞を広げるサラリーマンと携帯に見入る学生が多数だけれど、今日は小説らしき文庫をめくってるひとがちらほら。
さ、私も読書、読書と。
一度起きるとなかなか寝付かれないので、たいてい本棚から適当に選んだ小説をベッドの中で読む。
今日は川上弘美の『ニシノユキヒコの恋と冒険』。一番好きな『おやすみ』というお話を読み返しているうちに、言いようのない切なさに胸があっぷあっぷになってきて、朝っぱらから少し泣いてしまった。
……恋愛って、なんだか、なんだかだなあ。
*
今、神戸に向かう電車の中でブログ更新。今日は友達と買い物デーなのです。
奈良から神戸は電車で二時間弱もかかるので、道中のお供に駅で文庫を買う。小池昌代『タタド』。西村賢太も買おうとしたけれど、すでに家にあるものかどうかの判別がつかず保留。こういうことよくあるなぁ。本屋で頻繁に立ち読みをするから、パラパラ冒頭をめくっても、買って読んだものか本屋でチラ見したものかわかんなくなる。で、結局同じ本が家に二冊あるっていうね。もっとちゃんとした記憶力が欲しいです。
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休日昼間の電車は、ひとがあくせくしてなくて居心地がいいな。
平日は経済新聞を広げるサラリーマンと携帯に見入る学生が多数だけれど、今日は小説らしき文庫をめくってるひとがちらほら。
さ、私も読書、読書と。